Project story プロジェクトストーリー

半導体業界の革新的な素材
パラジウム被覆銅ボンディングワイヤ

Chapter 1

鉄鋼系メーカー初の偉業を達成
第44回(平成23年度)
市村産業賞本賞受賞

「おめでとうございます」

手渡された賞状に輝く「市村産業賞」の最上位賞『本賞』の文字。これまで44回の本賞の歴史の中でも新日鉄(現日本製鉄)グループ、および鉄鋼系メーカーとしても初となるこの賞は、優れた国産技術を開発することで産業分野の発展に貢献・功績した技術開発者を表彰する伝統と権威ある賞である。

当社が本賞を受賞できた理由には、長年、半導体業界で揺らぐことのない大きな壁であった「高価な金を用いたボンディングワイヤを別の素材で置換すること」を成し遂げられた功績があった。それは、世界中の業界研究者たちにとって難題であり続けたテーマだった。当社が開発したEXワイヤ(パラジウム被覆銅ボンディングワイヤ)は、従来の銅ワイヤでは不可能であった高い生産性と信頼性を有し、幅広いパッケージに適用することができ、これまでにない大きなコストダウンを実現した。それは、業界の大転換とも言えるイノベーションの瞬間だった。

ボンディングワイヤとは、半導体素子の電気信号を外部端子へ伝えるための接続部材である。半導体が使用されている電子機器は、今や身の周りに溢れているが、歴史を紐解くと半導体の歴史はボンディングワイヤの発展と密接に関わり合ってきたと言える。

当社は1987年に創業し、当初は金ボンディングワイヤを主に製造していた。やがて世界的な金価格の高騰を契機に、市場では金に置き換わる新しい素材が本格的に望まれ始めた。受賞理由にもなった、当社が開発したEX1(パラジウム被覆銅ボンディングワイヤ)は、史上初めてLSI(大規模集積回路)に適用された銅を素材としたボンディングワイヤだ。LSI技術は、パソコンはもちろんスマートフォンや超高速データ通信、高精細映像、自動運転やロボットなど、私たちの生活をより便利に、スマートに進化させるためには欠かせない技術だ。その一方で、LSI向けのボンディングワイヤ として、高い技術要求レベルをクリアできる素材は歴史的にも金以外は存在しなかった。

当社は、その金と同等の性能を持った”金以外の素材”によるまったく新しいボンディングワイヤのアイデアを実現させるために、たゆまぬ研究開発を続け、世界で初めて”パラジウムで銅を被覆する”というアイデアを現実のものとし「パラジウム被覆銅ボンディングワイヤ」の開発・量産化に成功した。この製品に名付けられた名は「EX」。開発から量産化成功までに至る技術者たちの数々の努力と苦労を通して、”今までにない”「優れた製品(EXCELLENT)」、「ワクワクする製品(EXCITING)」として世の中に送り出したいという想いを込めて、「EX1」が発売された。

市場のニーズに応えるEXは、急速にシェアを伸ばし続け、今や多くの電子製品の基幹部品として活躍している。

Chapter 2

半世紀にわたり
打ち破られなかった「壁」

半導体の歴史を紐解けば1940年代後半のトランジスタの発明、50年代のワイヤボンディング技術の開発以来、金ボンディングワイヤと同等の高い機能性を持ちながら、高いコストパフォーマンスを実現するボンディングワイヤは、約半世紀もの間誕生しなかった。そうした背景から、やがて業界ではボンディングワイヤの素材で”金に勝るものはない”という認識が長い時を掛けて「常識」となっていったのだ。

一方、当社においても創業当初は、金のボンディングワイヤを主な製品として取り扱っている中で、好調に推移していたボンディングワイヤ事業は、世界的な情勢不安により大きな影響を受けることになる。世界中の人々が資産価値の安定性を求めて”金”を買う動きが高まり、金の価格が高騰していったのだ。日本のみならず、まさに世界的にも”金”に置き換わる新しい素材によるボンディングワイヤが求められていった。

2007年、当社は新たな接続部材の研究開発に本腰を入れた。後に世界へ大きなセンセーションを起こす、「EXワイヤ」の開発プロジェクトが立ち上がったのだ。”金”ではなく銅を芯材にすることで、大幅なコストダウンが可能になる。当時から導電性に優れ省エネルギー性能が高い銅を芯材にした開発は世界中で行われてきたが、未だかつて誰も実用化に成功していない前人未到の領域だ。そもそも日進月歩の半導体業界において、約半世紀ものあいだイノベーションが起こっていない部材であること自体、その開発の難しさを物語っている。

EX開発を託された技術者たちは、当初から数々の課題に直面することになる。銅に貴金属を被覆して酸化を防ぎ、耐久性を上げる。その貴金属の選定は?厚みはどうする?信頼性を上げるためには?言うまでもなく前人未到の領域。課題は山積みだった。

Chapter 3

製品開発から
量産化における“死の谷”を
経験した技術者たち

開発しただけでは終わらない、製品化への道のり。

もともと銅を何らかの貴金属で被覆するアイデア自体は、昔から存在していた。しかし、技術難度が高く実用化には至っていなかった。そこで被覆素材の選定では、金や銀等の従来の延長線上にある技術常識にとらわれず、むしろワイヤ本体には使用が難しいパラジウムに着目することで、解を見出すことに成功した。

パラジウムを銅に被覆する技術においては、新日鉄(現日本製鉄)グループがこれまで培った知見をベースに、構造設計を行いナノレベルでの被覆層の制御に成功した。髪の毛の5分の1もない極細のワイヤの品質を極限までコントロールする技術を確立することで、業界の常識を塗り替える待望の製品が誕生することになった。

しかし、EXの開発は製造時に非常に繊細な制御が必須であるが故に、量産化フェーズに移行する際に極めて高い壁に直面することになる。一般的に、研究開発から量産化に移行する際に伴う数々の技術的な壁は「死の谷」と呼ばれるが、まさに深く暗い霧の中を手探りで歩くような模索の日々が続いた。

ラボスケールでは問題がなかったものも、製品化を目指す量産化フェーズではそのスケールは様変わりする。求められるのは、全長数百〜数千kmに及ぶ極細ワイヤに、さらにワイヤ径の数百分の一の薄さのパラジウムを正確に均一にコーティングする技術。パラジウムの被覆層の厚みのばらつきや剥がれは品質に影響を与える。この「極限まで品質を均一化する技術を確立する」というとてつもない高い壁が、技術者たちの行く手を阻んだ。

途方もないゴールまでの長い道のり。「製品化は無理かもしれない」、そう諦めてしまうのが普通かもしれない。しかし、EXの開発者たちは「成功」という2文字だけを追い続けた。

Chapter 4

高い壁を打破したのは
技術者たちの熱意と不屈の精神

開発に着手してから3年目に入った2009年。EX1は製品化へと漕ぎ着けた。

表面処理の安定化や、ナノレベルでの組織制御プロセス。乗り越えてきたのは数えきれない課題の数々。直面する課題を一つクリアすることで出てくる新たな課題。技術者たちは一つ一つを丁寧にクリアしていき、着実にゴールに向かって邁進し続けた。進んで来た道を振り返れば、量産化成功のために確立してきたいくつもの革新的な技術開発の足跡。最大の難関となった量産化成功に至る道のりは、一つの課題を一つのアイデアが解決したという明快な物語ではなく、製造プロセスに広がる無数の課題を一つ一つ創意工夫で解決してきた結果だった。

そして、この途方もない道のりを完走することができたのは、誰か一人の功績によらない、EXの開発に携わったすべての人々の情熱と創造性、「前に進もう」とする実行力だった。

EX開発プロジェクトを通して、たとえ暗中模索であっても、その道が果てしない道のりであっても「失敗を恐れることなく挑戦し続け、進化し続けること」こそが技術者にとって忘れてはならない精神として、当社の社風に根付いていった。その思いの根底には、社会の新たな発展に寄与していこうとする当社の願いが反映されている。

一方で、今では銅ボンディングワイヤのデファクト・スタンダードになっているEXワイヤも、販売当時は販路を広げるのにも苦労した。まったく新しい革新的な製品は、当然ながら業界での採用実績を積み重ねるのに苦労する。少品種を大量に採用する半導体業界では、一つの製品を採用するにも慎重さが求められる。しかし、市場投入した後も自信が揺らぐことはなかった。業界唯一の開発力と、高い品質を生み出し続けられる技術力。その信頼性の高さで、着実に販売量を増やしていった。海外展開を見据えた事業戦略も功を奏し、やがて生産現場では対応しきれないほど需要が拡大していった。

市村産業賞本賞受賞に次いで、2013年には「全国発明表彰(特許長官賞)」、2014年には「文部科学大臣表彰(科学技術賞)」を受賞するなど、EXは国内外から高い信頼を得ることができるようになった。

Chapter 5

世界市場をリードする
「EXシリーズ」

初代のEX1は、最先端のLSI基準を満たしながら、それまでの金ボンディングワイヤからの大幅なコストダウンを実現し、且つ金に比べて20%以上高い導電性により、電力損失を効率的に抑えることで環境負荷低減にも貢献できる画期的な製品として市場に迎えられた。2009年以降、EX1が本格的に販売されると同時に、その信頼性の高さや”金”と遜色ない性能により、世界中で「金の置き換え需要」が高まっていった。結果的には、紛れもなくボンディングワイヤ市場に大きな衝撃を与えたといえる。

採用基準の厳しい最先端のLSIに使用できる”唯一の被覆銅ボンディングワイヤ”としてその地位を確立したEXワイヤは、さらに信頼性を高めたグレードの高いシリーズが次々と開発・販売され、EXシリーズは市場で普及し続けている。

これからも世の中にはあらゆるスマートデバイスが登場し、社会をより豊かにするための技術革新が進んでいく。その中で当社には、より高機能で信頼性の高いボンディングワイヤを提供するという重要な役割が求められる。

今後も、たゆまぬ技術開発で市場の期待に応え続け、社会の新たな「Excellent」「Exciting」に寄与していきたいと願っている。

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